第12回 21世紀の「アーモリー・ショー」 - 鳥取県立美術館

翻訳に関する同意

このページでは、無料の翻訳サイトを使った翻訳方法を掲載しています。
翻訳は、プログラムを用い機械的に行われていますので、内容が正確であるとは限りません。このことにより、利用者などが被害を被っても、翻訳サービスの提供者および鳥取県立美術館は一切責任を負いません。
なお、ご利用にあたっては、下記翻訳サイトの利用規約をお読み下さい。

Google サービス利用規約 / Google Terms of Service
http://www.google.co.jp/accounts/TOS

translated by Google

ESSAY エッセー

一覧に戻る

第12回  21世紀の「アーモリー・ショー」 2025.04.21

 

 2025年3月30日、ついに鳥取県立美術館が開館した。季節外れの雪の中、初日には3500名にものぼる来場者が訪れたことは美術館に対する期待の大きさを示しているだろう。10年以上にわたって美術館開設に向けて準備を重ねてきた私としても深い感慨があった。

 開館記念展として、私は「アート・オブ・ザ・リアル」という展覧会を企画した。40年近く学芸員を続け、数多くの展覧会を手掛けてきた私にとっても最大級の展覧会であり、学芸員たちの手を借りてようやく実現することができた。常々私は学芸員たちに長期、中期、短期のスパンで展覧会の構想を考えておくように説き、その準備期間を村上春樹が長編、中編、短編を発表する間隔に準えてきたが、「アート・オブ・ザ・リアル」はもちろん大長編、構想に数年をかけた展覧会である。

 1913年、ニューヨークの兵器庫(アーモリー)でヨーロッパの近代美術を紹介する大展覧会が開かれた。今日、アーモリー・ショーと呼ばれるこの展覧会では同時代の最新の動向も紹介され、とりわけ「アート・オブ・ザ・リアル」にも出品しているマルセル・デュシャンの未来派風の絵画《階段を下りる裸体》は具象的な絵画しか知らなかったアメリカの市民に大きな衝撃を与えた。裸婦像ならぬ「屋根板製造工場の爆発」というコメントが残されている。多くの反発にもかかわらず、この展覧会は「アメリカ美術史上画期的なものとなるだろう」と論評され、実際にそこに出品された多くの作品は当時の富裕層に購入されて今日もアメリカに残され、主要な美術館のコレクションの核心をかたちづくっている。端的に言ってこの展覧会は主流から前衛まで当時のヨーロッパの美術をアメリカに初めてまとまったかたちで紹介する内容であった。

 開館記念展を企画するにあたっては、最近開館した美術館の開館記念展やかつて印象に残ったいくつかの展覧会をモデルとして思い浮かべた。そして常に私の念頭にあったのは一世紀以上前、遠いニューヨークで開かれたアーモリー・ショーであった。そこにはセザンヌやゴッホ、マティスといった今となってはビッグネームであるが、当時のアメリカの観衆にとっては未知の作家が多く収められていた。ヨーロッパ美術の全体像を初めて目の当たりにした来場者の当惑は想像に難くない。

 私はアーモリー・ショーと「アート・オブ・ザ・リアル」を重ね合わせてみる。一方は大西洋を隔てて知られることの少なかったヨーロッパの近代美術を紹介する大展覧会、もう一方はこれまで本格的な美術館が存在しなかった県に初めて開設された美術館の開館記念展、いずれも多くの来場者にとってはまとまった量の作品を実見する初めての機会となったはずだ。美術館が存在しない時代、土地にあって来場者が作品に当惑を覚えることは必然であるとはいえ「アート・オブ・ザ・リアル」を通して私は主に20世紀以降の美術について一つの見取り図を示したいと考えた。クールベに始まり、モネやピカソ、日本では高橋由一や岸田劉生、さらに江戸期の奇想の画家たちからキュビスム、シュルレアリスムへといたる豪華な作品のラインナップは開館記念展ゆえに可能であり、私は長い学芸員生活で培った人脈を駆使して借用の交渉にあたった。まとまった量の作品を展示することがなぜ重要か。それによって来場者が美術史の見取り図、作品が置かれた文脈を理解することができるからだ。例えば購入価格だけが話題とされてきたウォーホルの《ブリロ・ボックス》は既製品を使った作品の端緒であるデュシャンの《自転車の車輪》の傍らに置かれることによって20世紀を貫通するレディメイドという思想の一つの例であることがわかる。あるいはミニマル・アートと比べる時、集積という手法、箱という形式が美術史の中で成熟する過程に立ち会うことができる。私は展覧会とは、作品相互に文脈、関係性をつなぐ営みであると考える。私はこの展覧会の中に無数の関係性を潜ませた。ある程度美術史に通じた方であれば展示の中にいくつもの脈絡を見つけることができるだろうし、誰にでもわかる関係もある。私にとってこのような関係性を組織することこそが展覧会を企画する醍醐味なのだ。来月の講演会の中ではこのような関係性について論じようと思う。

 アーモリー・ショーの話には続きがある。それまでせいぜい印象派止まりであったアメリカの絵画はこの展覧会を契機に躍進を遂げる。ヨーロッパが二度にわたる大戦の戦場となり、作家たちが一時的にアメリカに亡命したといった事情もあるにせよ、ヨーロッパの近代美術がアメリカでさらなる展開をみたことは私たちの開館記念展の会場をめぐりながらも実感することができるだろう。実物を通して美術の文脈を知ることはことに若い世代にとって大きな意味がある。美術館が開館し、この展覧会を見たことによって十年後、二十年後に鳥取の地で花開く新しい才能と出会えることを私は確信している。

2025
MON
05.19
休館日
Translate »