第14回 選ぶことと並べること 2025.06.21
この原稿がアップされる頃には鳥取県立美術館の開館記念展「アート・オブ・ザ・リアル」は閉幕し、作品の撤収中、早ければ作品返納の長旅に出かけている頃であろう。最後にもう一度、この展覧会について記す。
40年近く学芸員として仕事を続けてきた私にとってもこれは最大規模の展覧会であった。学芸員たちをはじめ、多くの方々の協力を得て、自分が生まれた土地の美術館の開館にこのようなかたちで関わることができたことは望外の幸運であったと感じる。
これまでたくさんの展覧会を手掛けてわかったことがある。それは展覧会とは畢竟、選ぶことと並べること、ただ二つの手続きによって成り立っているという事実だ。無数の作品の中からある作品を選ぶ、そして選ばれた作品同士をなんらかの順に従って並べる。選ばれることと並べられること、二つの奇跡のような重なりが作品にその場限りの意味を与える。選ばれた作品は選ばれなかった作品との間に潜在的な関係を結び、ほかの作品の横に並べられることによって作品は相互に顕在的な関係を生む。このような関係性は私たちの言語の構造と似ているが、この問題にはこれ以上立ち入ることを控える。
開館記念展を企画するにあたって、私は選ぶことと並べることについていろいろと思いをめぐらした。今回の展覧会で私は国内の美術館から世界的な名品を借り受けようと決めていたから、出品交渉に向かう最初のラインナップは比較的容易に選ぶことができた。それをベースとして私は次のような作家たちの作品を意図的に選ぶことにした。まず女性作家と欧米以外の外国人作家。これは最近の内外の展覧会の一般的な趨勢と一致する。正統とされる美術史はこれまで白人男性によって紡がれてきた。例えばあなたが好きな西洋美術の作家を三人挙げてほしい。おそらくその中に女性は含まれていないはずだ。フェミニズムの美術史の高まりとともにこのような偏向は是正され、近年、多くの女性作家も注目を浴びつつあるとはいえ、なおも美術史は圧倒的に男性中心に編成されている。それなりの配慮を加えたにもかかわらず、今回の展示においてクールベからリヒターにいたる美術史の王道とも呼ぶべき最初のセクションに倉吉出身の若手、伊藤学美を除いて女性作家が一人もいない点はかかる現実をはしなくも露呈しているだろう。欧米中心主義も同様だ。特に日本においては欧米圏以外の外国人作家の作品を知る機会はまれである。以前訪れた展覧会で印象に残った数名の作家をかろうじて加えたが、全く不十分であったという思いは強い。
もう一組、私が展示に意識的に加えたのは鳥取県ゆかりの作家と若手作家である。私は出品作家の約2割を県ゆかりの作家で構成した。県立美術館ならば当然と考えられるかもしれないが、世界的な作家、作品であることを出品の基準とした展覧会に県出身の作家が2割を占めるというのは驚くべきことではないか。鳥取県は人口も少なく豊かではないから、たいした作家や作品が生まれるはずはない。私はこのような意識を変えたいと思った。なぜならそれはこれまで美術館を整備することなく、県ゆかりの作家を十分に紹介、顕彰してこなかった私たちの責任でもあるからだ。私たちは岸田劉生の横に安岡信義を、ピカソの横に辻晉堂を並べた。ここにおいて並べることが重要になる。長く学芸員を続けてきた私が確信とともに断言するが、世界を、日本を代表する名品の横に置かれてもそれらは全く遜色がない。それは隣り合って比較されることを通して初めて明らかになる。若手作家も同様だ。私は巨匠と呼ばれる作家と日本の、鳥取の若手作家を意図的に並べて展示した。異例の対照かもしれない。しかし自分の作品が世界的な巨匠の傍らに配置され、見劣りしないという事実は彼らにとって大きな自信と励ましになるだろう。何度も述べたとおり、私は美術館とはすでに定まった価値を確認する場ではなく、新しい価値を作り出す場であるべきだと考える。そしてそのような作品が展示の中に点在することは展覧会に刺激を与えるのだ。展覧会とは学芸員の哲学の開陳であり、開館記念展をとおして私は自分なりの哲学を示すことができた。
展示の終盤に私は祖父、尾﨑悌之助の絵画を展示した。悌之介は県立博物館で回顧展を開いたこともあり、晩年の原始彫刻を主題としたモノクローム絵画と辻晉堂の陶彫の取り合わせが興味深いと感じたからだ。この展示を知った叔母から興味深いエピソードを聞いた。悌之助は団体展へ出品した作品を見るために毎年、上野の都美術館に通っていたが、その際、必ず国立西洋美術館に足を運んだ。そして悌之助がとりわけ気に入っていたのはクールベの波の絵であったという。このたびの展示の劈頭に私はクールベの《波》を置いた。開館記念展で自分の作品がクールベと同じ会場に辻晉堂とともに並べられたことを知ったら、祖父は何を思うだろうか。選ぶことと並べることは時に小さな奇跡を生む。

会場風景 左に尾﨑悌之助《原始への夢》 右に辻晉堂《寒山》(背面)