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2022.11.18
【開催報告】レクチャー&トーク「もっと知りたい!美術館における作品収集と鳥取県立美術館のコレクションについて」
鳥取県立美術館開館まで2年半を切りました。2022年3月に開催した開館3年前カウントダウンスペシャルトークイベントでもテーマのひとつに掲げた『コレクション』。「どんな作品が見られるのか」「新しくできる美術館の収集方針は?」など、各所での出前説明会や対話会でのご質問や期待の声でも関心の高いトピックであります。
そんな声に応えるべく、レクチャー&トーク「もっと知りたい!美術館における作品収集と鳥取県立美術館のコレクションについて」を、9月から県内各地を巡り順次開催しています。(開催案内はこちら)
どのようなお話をしたのか、11月3日に開催した米子会場での様子を中心にレポートします。
※当日はスライド投影しながらお話をしました。著作権の関係でウェブサイトに載せられないものが多数ございますのでご了承ください。ここではお話した内容を再構成してお伝えします。
冒頭、美術館整備局梅田局長からの挨拶では、新しく収集するコレクションについて県民の関心が高まっていること、それに対して説明する機会が十分に設けられていなかったことへの反省など、本イベントの開催に至る経緯をお話しました。その上で、この場で収集方針やそれに基づく作品の購入意図を直接説明し、ぜひ一緒に考えほしい、皆さんと考えていきたいとお伝えしました。
尾崎美術振興監によるレクチャーは1時間ほどかけて以下のことをお話しました。
●鳥取県立美術館のコンセプト
●美術館の4つの機能
●鳥取県の収集方針の拡大について
●鳥取県立美術館の収集方針について
●美術作品の収集の特異性
●《ブリロの箱》について
●私たちが目指す美術館像
●なぜ、今、私たちに美術館が必要か
(以下、尾崎美術振興監の話)
●鳥取県立美術館のコンセプト
鳥取県立美術館のキーワードは「OPENNESS(オープンネス)!」です。開かれている美術館、情報としても開いていき、可能なかぎり説明会を設けていく姿勢として、自戒もこめて最初に示しました。
収集方針の変更について十分な周知ができていなかったことが、今回の誤解を生むことにつながっていると考えています。アンディー・ウォーホルの作品だけを収集したわけではなく、会場の後方に県議会報告資料も公開しています。
▼県議会報告事項「美術品の購入について(博物館)」
・総務教育常任委員会(令和4年7月21日)
・総務教育常任委員会(令和4年6月17日)
美術館の要素は大きく3つあります。建築、学芸員(人)、そしてコレクション。当館の建築は、世界的な建築家である槇文彦さん率いる槇総合計画事務所によるもので、世界に誇れるものになることは間違いないと思います。学芸員も現在の鳥取県立博物館に、私も含め8名おり、優秀な者が揃っていると自負しています。そしてコレクションは開館に向けて充実化を図っていきたいと考えています。これが今日の話の中心となるところです。
●美術館の4つの機能(※)
まずは美術館とは何か、コレクションとは何かということからお話していきたいと思います。
私がこの仕事を始めた35年前は上の3つが学芸員の仕事でしたが、近年は教育普及について、どのように取り組むか重視されてきています。(※また、鳥取県立美術館では5つ目の機能として「つなぐ」(地域の学校、県民との連携・協力)についても、鳥取県立博物館の美術部門の活動を引き継ぎつつ、さらに充実した展開を図っていきます。)私としてはコレクションが非常に重要で、次の世代に渡していくことが使命だと考えています。
「美術館の原則と美術館関係者の行動指針」にはこのように書かれています。
美術館に携わる者は、作品・資料を過去から現在、未来へ橋渡しすることを社会から託された責務として自覚し、収集・保存に取り組む。美術館の定める方針や計画に従い、正当な手続きによって、体系的にコレクションを形成する。
美術館で持っている作品というのは我々のものではなく、未来の世代に渡していくものであるということです。個人であっても美術品を持つということは未来の世代に渡していくために、たまたま預かっているということだと考えています。我々は預かった素晴らしい作品を子どもの世代、未来の世代に渡すことが仕事になっていくわけです。
なぜ美術館が美術品を収集していくのか
・多様な作品を収集することで来館者に多くの作品との出会いを提供できる
・美術館としてのプレゼンスを高めることができる(館同士の作品の貸し借りにおいて信頼度が高まる)
・積極的に収集することで、さらに作品についての情報が集まってくる
●鳥取県の収集方針の拡大について
鳥取県の収集方針の拡大については、最近始まったことではなく、新しい美術館をつくるための「鳥取県立美術館整備基本計画(H30)」に書かれています。我々はこれに基づいて収集方針を拡大し活動を進めています。
なぜ拡大したのかを具体的にお話していきます。
①展示スペースの拡大
新しい美術館では常設展示室が5室あります。現在の鳥取県立博物館より展示環境が良くなるので、広く新しい展示室でさらに多様な作品に出会えるようになります。
(参考:「どんな美術館なの?」)
彫刻は一番きれいに見えるよう自然光が入る窓があったり、作品によって展示室の環境が異なっています。文化庁の定める「公開承認施設」は県内では県立博物館のみですが、これに続いて、鳥取県立美術館では重要文化財や国宝が展示できるようになります。展示できるスペースが増えるため、常設展示を増やしていきたいと考えたわけです。
②比較が可能になる
鳥取県ゆかりの作品の研究をするために、拡大した方針のなかで収集された作品と比較研究をすることが可能になります。
③若手作家を応援し価値を作っていく
「未来をつくる美術館」として、若手作家などこれまで収集の対象と考えられなかった作家についても積極的に収集していきたいと考えています。価値が定まっているものを収集するだけでなく、価値をつくっていくことも美術館の使命なのではないか。未来をつくっていく、若手の作品を収集して若手を励ましていく美術館としたいと考えています。
④寄贈等の可能性
寄贈などの申し出があった際にも、収集方針から外れたものは収集できません。
収集方針を拡大することで、今までの収集方針から外れたすばらしいミュージアム・ピースを収集することができるようになります。
ちなみに、美術館が作品を収集する方法はいくつかあります。購入・寄贈・管理替・寄託です。購入や寄贈に関しては、外部の専門家による収集評価委員会で収集の可否を判断しています。寄贈や寄託を受けるにあたっては、作品が常設展示における展示に足るクオリティーを有しているかという点を判断基準としています。
●鳥取県立美術館の収集方針について
美術作品はどうやって購入されるのか、皆さん気になるところだと思います。商品購入を例に考えると美術作品は非常に特殊なものです。美術作品は常に市場にあるものではないので、まずは青写真として全体の方針を立てます。リストを作り、欠落している部分を確認し、作品の情報をあつめます。候補作品を検分、真贋や状態、価格等の適正を確認し、収集評価委員会で協議、決定していきます。
(他の県立美術館等の収集方針と、それに沿った所蔵作品をご紹介し、それと差別化をはかるかたちで)鳥取県立美術館は尖った収集方針を持たないことが特徴でもあります。日本・世界の近現代美術を全般的に収集していこうとしています。
1.鳥取県の美術
(1)鳥取県に関係した近世以前の美術作品
(2)鳥取県にゆかりのある近代作家の美術作品
(3)鳥取県にゆかりのある現代作家の美術作品
(4)鳥取県の自然や風物などを題材にした美術作品
(5)郷土作家とつながりをもつ国内外の作家の優れた美術作品
2.国内外の優れた美術
(1)江戸絵画の多様性を示す優れた作品
(2)近代(明治~戦前)における各分野の参照点となる優れた作品
(3)戦後の美術・文化の流れを示す優れた作品
(4)館の内外に半恒久的に設置する作品
3.同時代の美術の動向を示す作品
鳥取県立美術館のコレクションは急に集め始めたわけではなく、これまでも収集方針にしたがって進めてきています。「鳥取らしいものを集めてほしい」という意見もいただいていますが、たとえば鳥取県に関係した近世以前の土方稲嶺(ひじかた とうれい)、鳥取県にゆかりのある片山楊谷(かたやま ようこく)、前田寛治(まえた かんじ)、小早川秋聲(こばやかわ しゅうせい)などの作品も収集しています。
それに加えて、新しい収集方針の中で集めたものの一つの例が、アンディー・ウォーホルの作品です。これは、アンディー・ウォーホルが欲しくて買ったというわけではなく、「前衛精神を示す作品」としてどういう作品が手に入るかという時に、この《ブリロの箱》が運よく情報が入り、購入したということです。今回、ウォーホルの話題がクローズアップされていますが、ほかにも色々な作品を購入していることもぜひご理解いただきたいと思います。
▼(再掲)県議会報告事項「美術品の購入について(博物館)」
・総務教育常任委員会(令和4年7月21日)
・総務教育常任委員会(令和4年6月17日)
新しい作品のなかで、やなぎみわさんの作品をご紹介したいと思います。
《My Grandmothers》は、若い女性が50年後の理想の自分を特殊メイクで再現するというコンセプトの作品群で、これまで鳥取砂丘が舞台の1点だけ所蔵していました。今回収集方針を拡大したことで、シリーズの別の作品も購入することができ、作品のなかの物語、意図を理解しやすくなりました。こういったところに収集方針の拡大の意味が出てきていると思います。
●美術作品の収集の特異性
美術作品の収集が特異である理由のひとつは、まず非常に高額であることです。もちろん調査の中でセザンヌやゴッホなども検討しましたが、これはとんでもない額になりますし、我々が買えるような小さなデッサンなどは新しい美術館には相応しくないということで、手に入る中で、より質の高いものを選定するというのが今やっていることになります。
もうひとつの理由は、求める作品が常に収集可能であるとは限らないということです。持っている金額と見合うものと出会えるとは限らないというのも悩ましいところです。そして、作品は、基本的に1点しかないということ。作品の価値や価格を客観的に判断することが困難になります。また例えば、収集可能とされる作品でも、具体的にどれを買うか言ってしまうと価格が高くなり購入のハードルが上がってしまう悩ましさがあります。
鳥取県の美術品取得基金は年に5億円プールされており、使った分は次の年に繰り戻しし、単年度会計によらない予算執行ができるようになっています。
作品の真贋、状態などを調べるため、鑑定書、カタログ・レゾネなどの資料を準備して調べます。特別評価参考人として複数の方々を招いて、判断していただいています。それを収集評価委員会(美術館館長や大学教授なの有識者)が買ってよいかどうか、適正かどうかを判断します。私自身も他館の委員として評価をやっていますが、鳥取県は特に厳しく調査しています。
●《ブリロの箱》について
前衛精神とは何か、これは美術作品特有の概念だと思います。「美」という普遍的な価値に対して、20世紀は「新しさ」、《ブリロの箱》もそうですが、印象派にしてもキュビズムにしても、いかに新しいかというのが、作品の価値となっていきました。20世紀の美術は、なぜこれが美しいのかを考えなければならないし、考えてもらうことが重要な価値だと思います。
こちらはマネの有名な絵ですが、発表された当初は衝撃を与えたとされます。印象派以前の絵画の主題は、神話や伝説や王様などしかなかったのですけれども、それに対して酒場の女給さんを描いたものが主題となるということは、我々が《ブリロの箱》を見た時の驚きに近いものだと思うのです。今ではマネは馴染んできて、美しいと受け入れられているけれども、ブリロはまだ馴染んでいない、それで反発を受けるということがあるのかと思います。一つの例としてお示ししました。
《ブリロの箱》について、なぜ5個なのか、1つでよいのではないかとお訊ねがありました。美術館には、作品を作家の望む形で展示する義務があります。《ブリロの箱》は60年代の大量生産、大量消費の象徴ですので、そのウォーホルの意図を正しく伝えるためであるということをご理解いただきたいと思います。
ウォーホルの新しさの一つとして、作家がイメージを創造することを批判しています。有名なマリリンモンローなどの作品は、描くのではなく写真をもとにつくられています。そして一人の天才的な作家が作品をつくるという常識に対する批判です。たとえばマルセルデュシャンの《泉》は、便器にサインしたものですが、マスプロダクションのオブジェが作品になるというのはこのデュシャンが1910年代に初めて登場し、60年代になると全く別の新しい表現として、ウォーホルの《ブリロの箱》が出てきたということです。60年代はウォーホルだけでなくリキテンシュタインなどポップアートの文脈がでてきます。
あの作品がどのような文脈のなかで生まれてきたか、作品は一つの文脈において展覧会に出されるものであり、その文脈を理解してもらえるように教育していくことが美術館の役割です。開館記念展で初めて公開しようと考えていますが、その際にはなぜあの作品が生まれたのかが分かるように、その文脈をつくっていくのは我々の仕事としてこれからやっていくことになります。
現在京都では2つの美術館、2つの展覧会で《ブリロの箱》を見ることができます。日本ではあまり知られていない作品ですが、立体としては最も重要な作品で日本では収集されていません。(展覧会の写真を投影し)展示手法によって、アンディー・ウォーホルが何をしたかったのかわかるようになっていきます。
3億円で購入というのが話題になっていますので、お金のことについて述べておきます。(他館事例として)マリリンモンローの版画は1点3千万、10点で3億円。エルビスプレスリーの版画作品は1億2千万円で購入したものが、最近のオークションでは類似のものが100億円になっています。そしてこちらがよく話題になっている、250億円のマリリンモンローです。
まとめとして、なぜ《ブリロの箱》を購入したのか。まずはこうした話題を呼ぶということです。都市部の美術館でも接する機会の少ない名品を、しかも日本に他に例のない立体作品を常設できるというのは素晴らしいことだと思います。それから新しい表現に触れることによって、美術とは何かということを「考える」機会を提供することです。そしてこういった名品を所蔵することによって新しくできる美術館の存在感を高めること。地元にそんな美術館があることを誇りに思ってくれる人が増えていくのではないかと考えています。
●私たちが目指す美術館像
何かを考えるきっかけを与える美術館。社会に向かって開かれ、多様な価値観を受け入れる場所としての美術館。与えられた価値に安住するのではなく、新しい価値を生み出していく美術館をつくっていきたいと思っています。そのために今後この作品があることでプラスに働いていくということを確信しています。
●なぜ、今、私たちに美術館が必要か
1995年阪神淡路大震災の時、兵庫県立近代美術館におりました。あの日を境に美術品を見ることがまったくできなくなりました。しばらくたって近くの銀行のロビーをかりて展示することができて、展示する側として久しぶりに作品に触れた時に深い感動と安らぎがありました。それは私たちだけでなく実際に観にいらした地域の方たちも、久しぶりに震災を忘れて作品をみて深い安らぎを得て本当にありがたいと、口々に言っておられました。その時に私は美術の重要性が改めてよく分かりました。ガスなどのインフラでなく社会的インフラ・精神的なインフラとして、我々にはこういうものが必要なんだと。今現在多くの批判もいただいています。その見解ももちろん理解していますし、いろんな意見があって良いと思います。しかしこういう時代だからこそ文化のインフラとしての美術館を整備していかなければいけないと強く考えています。信念はまったく変わっておりません。作品をどんどん伝えることで、鳥取県立美術館の存在感・意義を伝えていくし、信念を持ってやっていることをご理解いただければと思います。そして新しくできる美術館について、ぜひ協力していただけたらありがたいです。
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お話の後、会場からの質問にお答えしていきました。
ご意見と回答の概要は以下からご覧いただけます。
令和4年9月13日 倉吉会場の意見概要(PDF:508KB)
令和4年9月24日 鳥取会場の意見概要(PDF:405KB)
令和4年10月29日 岩美会場の意見概要(PDF:644KB)
令和4年11月3日 米子会場の意見概要(PDF:541KB)
令和4年11月23日 南部会場の意見概要(PDF:553KB)