第19回 森村さんと私 2025.11.21
現代美術を展示することの楽しみは、作家と共同で作業ができることだ。私が最初に勤務した兵庫県立近代美術館では80年代から90年代の初めにかけて「アート・ナウ」という展覧会を毎年開催していた。とりわけ80年代の初めは若手を中心に15名ほどの作家が広い展示室を使って思い思いの作品を発表し、関係者の注目を集めていた。今では「関西ニューウエーヴ」と呼ばれる、世代としては私より少し上、当時は30代くらいの若手たちだ。さほど年の変わらない若い作家たちと一緒に展示する作業は大変であったが楽しい経験として今でも強く印象に残っている。
森村泰昌さんもそのようにして出会った作家の一人だ。私が最初に副担当となった「アート・ナウ 88」で作品の集荷に出かけた時のことは今でもよく覚えている。アトリエのロケーションがすごい。天王寺、鶴橋の高架下という、まさに「大阪」を体現したような場所に位置するアトリエの扉を開くと私は驚愕した。そこに広がっていたのは作家のアトリエからは程遠い、あたかも文豪の書斎のごとき一室であったからだ。壁際には一面に本棚が設えられて無数の本が並び、ところどころに、作品に用いる小道具らしき奇妙な品が点在していたことを覚えている。展覧会には確かディアギレフに扮した縦長の作品を出品いただいたと記憶する。「アート・ナウ」は若手の競争の場でもあるから、美術館側がある程度展示場所を指示するにせよ、会場では最初に場所取り合戦が始まる。しかし森村さんはいちはやくそこそこよい場所を確保すると、さっさと作品を展示して会場を後にする。とんでもない大作、怪作が多く、展示に苦労した「アート・ナウ」の中にあって森村さんはなんともスマートな印象があった。
「アート・ナウ」を総括する1990年の「アート・ナウ 関西の80年代」という展覧会は私が担当することになった。関西の若手のオンパレードとなったこの展示に森村さんは《花と包丁》という作品を出品した。タイトルどおり、白いドレスをまとった少女姿の森村さんが右手に花束、左手に出刃包丁を握る巨大な写真を展示し、その傍らにはむきだしの出刃包丁が目の高さに壁から突き出されたかたちで設置された。今日では許されない展示であるかもしれない。名画の中に自身の身体を潜ませる、それまではどちらかといえば知的な作風と感じていた森村さんの作品の意外な過激さに触れ、先端恐怖症の私は作品を正視できなかった。
それ以後の森村さんの活躍についてはいちいち論じるまでもないだろう。一緒に仕事をする機会こそなかったが、私は森村さんの展示には常に足を運び、「美術史の娘」から女優シリーズ、歴史上の人物やよく知られた画家たち、さまざまな人物や場面に扮しては拡張される森村さんの世界を堪能してきた。2014年の横浜トリエンナーレも忘れがたい。この国際展のアーティスティック・ディレクターを任された森村さんは「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」という森村さんらしいテーマのもと、知らない作家や忘れられた作家を巧妙に配した実に魅力的な展示を組織した。この種の展覧会にありがちな祝祭性を排し、高い批評性を備えたこの展示からは学芸員として学ぶことが多く、私はあらためて森村さんの美術史と現代美術に関する深い見識に感心した。
県立美術館の開設に向けて購入したアンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》が大きな騒ぎを引き起こしたことは知られているとおりだ。連日、説明会を重ね、苦情の電話や投書への対応でさすがの私も少々へこんでいた時期、3年前のちょうど今頃、森村さんからメイルをいただいた。そこには丁寧な労いの言葉とともに、参考までにと森村さんがウォーホルに扮した映画の小道具として制作された《モリロ・ボックス》の写真が添えられていた。私は許可を得て、そのイメージをちょうど準備していた《ブリロ・ボックス》に関する連続講演会のフライヤーの挿図として使った。開館記念展の準備を始めていた時期でもあり、私は即座にこのウォーホルへのオマージュを展示に加えることを決めた。《ブリロ・ボックス》をめぐって四面楚歌の状況の中で信頼する作家から応援いただいたことは私にとって大きな励みとなった。

「〈ブリロ〉が〈モリロ〉に出会ったとせよ」で展示中の《モリロ・ボックス》
現在、コレクション・ギャラリー3では両者を対置する「〈ブリロ〉が〈モリロ〉に出会ったとせよ」を開催している。奇しくも今日は午後から森村さんとの公開トークが予定されている。県立博物館時代にもお招きしたことがあり、美術館の開館に際しても森村さんとやなぎみわさんをゲストにトーク・セッションを開催したから、私は三回にわたって公開でお話をうかがう機会に恵まれたことになる。知的でスマートな印象は最初にお会いした時と変わるところがない。
《ブリロ・ボックス》は開館記念展で初めて公開した。大きな話題を生んだこの作品の背景や意義を示すために、この展覧会ではいくつもの仕掛けを会場内にめぐらした。その一つが美術館のエントランスにうず高く積み上げた《モリロ・ボックス》だ。《ブリロ・ボックス》と勘違いする人がいることは想定していた。この展覧会では数々の名品を展示したが、応援いただいたことへの感謝をこめて、新設された美術館の開館記念展に入場した人が最初に目にする作品として私は《モリロ・ボックス》を選んでみたのだ。



11/9㈰開催:講演会とトーク|「ブリロ・ボックスは、なぜおもしろいのか?」の様子
「ブリロ」が「モリロ」に出会ったとせよ ―アンディ・ウォーホル 森村泰昌 二人展―

会場
コレクションギャラリー3
会期
~2025年12月7日(日)
休館日
11月25日(火)、12月1日(月)

