第21回 かたちのないものを選べ 2026.01.21
鳥取県立美術館では2月7日より「CONNEXIONS|コネクションズ―接続するアーティストたち」という現代美術に特化した展覧会を開催する。若手を中心に、世界的に活躍する国内外7組の作家たちが参加するこの展覧会が一体どのような展示になるか、私も楽しみだ。
この展示で興味深い点は展覧会が始まる前から作家たちが来館して準備や調査、ワークショップを始めている点だ。会場の下見は言うまでもないが、ある作家は県内をめぐって民藝についての調査を行い、県内各地で予備的なワークショップを繰り返している作家もいる。今も館内では8000枚のレジ袋をつないで巨大なバルーンをつくる作業が進行中であり、100体を超える「脱皮的彫刻」の型取りには私もモデルとして参加した。

脱皮的彫刻の型取りを体験する筆者
一人の作家が制作した絵画や彫刻を展示するのではなく、なんらかの目的に向けて他者を巻き込んで調査や研究を行い、その成果を発表するというタイプの作品が最近増えてきた。プロジェクト型といわれる作品だ。関係性の美学とかリレーショナル・アートといった動向と関連づけられることが多く、作品そのものよりもそれを通じて生み出される参加者相互の関係性を重視する立場である。先日より美術館の「創作の森」に屋外彫刻の設置が始まったリクリット・ティラヴァニはその代表的な作家だ。タイ出身のリクリットはギャラリーで何かを展示するのではなく、カレーやパッタイをふるまうことを自らの作品とみなす。
私はこのような試みに美術館の新しい可能性を感じる。美術館には大きく分けて収集、展示、調査研究という仕事があるといわれてきた。これらがいずれも作品と関わっているのに対して、四番目の仕事、近年重視される教育普及は来館者、人と関わっている。全県の小学校四年生を美術館に招く「ミュージアム・スタート・バス」といった事業もその一つであり、私たちの美術館が教育普及活動に積極的に取り組んでいることはこのコラムでも何度か触れた。招かれた小学生たちが作品の前で学芸員やファシリテーターと語らうことは、作品を図版で知ることとは根本的に異なる。私たちは美術作品についての知識のみならず、作品を通して美術に関してなにかしらかの体験を得ることがきわめて大切であると考えており、この点に美術館という場の決定的なアドバンテージがあるように感じるのだ。美術書やインターネットを介していくら高精細のイメージに接したとしても、それはモノに過ぎず、体験にまで深まることはない。これに対して、美術館という現実の場所で作品に出会うことは、私たち一人一人に固有の体験であり、はるかに強い感動をもたらす。美術をモノとみなすならば、それは図版や映像で代用できるかもしれない。しかし美術館という場において、美術はコトとして体験される。
ヨーロッパに起源をもつ、コレクションの展示の場としての第一世代の美術館に対して、ニューヨーク近代美術館のごとく、特別展をはじめとするテンポラリーな展示を活動の中心に据えた美術館は第二世代の美術館と呼ばれる。これらに対して、近年、第三世代の美術館が提案されている。建築と作品が一体化したサイト・スペシフィックな施設だ。例えば私は瀬戸内に豊島美術館を初めて訪れた際の感動を忘れることができない。空に向かって開けたシェル状の室内、床を転がる水滴、開口部から入り込む光と雨、森の音。そこで得た感覚はマーク・ロスコやバーネット・ニューマンの巨大な画面に直面した際のそれに近く、私にとっては美術の体験としか呼びようのないものであった。それゆえこの屋根を欠いた不思議なドームは内藤礼によって張り渡された紐状の造形以外には一切作品らしき設えがないにもかかわらず、美術館という名を冠しているのであろう。逆に直島の南寺、小田原の江之浦測候所、日本各地に点在する同様の施設はあえて美術館とは名づけられていないが、訪れた者の体験は美術館で作品に出会う時のそれとよく似ている。モノとしての美術館に代わるコトとしての美術館の登場は明確に私たちが向かうべき一つの方向性を示している。
画集やスクリーンを通してフェルメールの絵画を確認することは容易であり、それはそれで喜ばしい。しかし真の感動とともにフェルメールに触れるのは、現実の場における体験として実物に接した時である。つまり美術の感動とはフェルメールの作品という実体よりも、むしろ作品を鑑賞する体験の中にあるとはいえないか。私がフェルメールに関して、雑踏の中で作品を一瞥するしかない国内の展覧会には足を運ばず、所蔵されている海外の美術館で静かに出会うというルールを自らに課してきたことは同じ理由による。そういえば私の好きな「偶然の旅人」という短編の中で村上春樹も登場人物に次のように語らせていた。
「かたちのあるものと、かたちのないものと、どちらかを選ばなくちゃならないとしたら、かたちのないものを選べ。それが僕のルールです。壁に突きあたったときにはいつもそのルールに従ってきたし、長い目で見ればそれがよい結果を生んだと思う。そのときはきつかったとしてもね」
CONNEXIONS|コネクションズ―接続するアーティストたち

開催:2026年2月7日(土)~3月22日(日)まで ⇒詳細はこちらから

