第23回 《ブリロ・ボックス》で遊ぶ 2026.03.21
新しい美術館が開館してなにより嬉しいのはコレクション・ギャラリーをめぐる時だ。今までは収蔵庫の中に押し込められて展示することができなかった多くの作品が、五つのギャラリーに並べられているのを見ると、私はようやくこれらの作品にふさわしい環境を調えることができた気がする。それぞれの展示の内容について、私は基本的に学芸員たちに任せているので、展示が進む中で思いがけない取り合わせやこれまで知らずにいた作品の魅力に出会うことがしばしばある。作品をめぐる新しい発見や解釈、常設展示は学芸員にとっては日々のトレーニングの場でもあるのだ。
収集にあたって議論のあったアンディ・ウォーホルの《ブリロ・ボックス》については、開館以来、展示替えの期間を除いて常に展示し、収集の是非を含めてアンケートを取るという、美術館としてはかなりきわどい対応をとってきたことは知られているとおりだ。形式としては立体であるから、これまで彫刻作品を展示するコレクション・ギャラリー3で展示することが多かった。現在開催中の「現代の彫刻―新しい表現を創造するアーティストたち02」という展示でも2点の《ブリロ・ボックス》が重ねられて展示されている。5点を所蔵している《ブリロ・ボックス》のうち、なぜ2点しか展示していないかといえば単純な理由だ。同じ時期に私たちの美術館の前身である鳥取市の鳥取県立博物館(鳥取市)で開催している県立美術館のコレクション展「江戸絵画からブリロ・ボックスまで」に2点を出品しているからであり、同じ作品が別々の会場で複数点出品されているという事態がすでに作家性や単数性を原則とする近代美術の常識に疑問を投げかけているが、これについてはここでは措く。

コレクションギャラリー3の展示風景
《ブリロ・ボックス》はこれまでさまざまなかたちで展示してきた。開館記念展ではほかの美術館から借用した同じ作家の作品の傍らに積み重ねて展示し、ミニマル・アートのごとく等間隔に一点ずつ展示したこともある。森村泰昌の《モリロ・ボックス》と一緒に展示した際には等比級数的に配置した。今回の展示では2点を上下二段に積んで展示しているが、その後ろに配された作品を見て私は思わず笑ってしまった。通常は彫刻作品が展示されるコレクション・ギャラリー3の壁に今回配置されているのは8点組の巨大な写真作品、野村仁の《Tardiology》だ。1969年の「美大作品展」に発表されたこの伝説的な作品は、京都市美術館の前庭に積み重ねられた4個の巨大な段ボール箱が自重によって自壊していく様子を撮影したものである。ウォーホルと野村、二つの作品の共通点と対照は直ちに理解されるだろう。いずれも箱を重ねて積み上げているが、一方は直立し、一方は潰れていく。収蔵する5点の《ブリロ・ボックス》のうちの4点を積み上げればそれなりにあからさまとなる両者の対比は、県立博物館に半数を貸し出しているという偶然によって抑制され、それゆえ批評的な深みを与えられている。
私にとってこのような対比こそが展示の醍醐味だ。以前にもこのコラムに記したとおり、展示とは選択と配置であり、作品とは常に関係性の中に成立する。展示においてかかる関係性は意外であればあるほど魅力を増す。そしてこのような意外な関係性を導き出すのは学芸員の遊び心なのだ。アメリカのポップ・アートを代表する作家の立体作品と日本の美術大学の専攻科に所属する学生が発表した作品の記録写真、ジャンルも様態もばらばらの二つの作品は同じ場所に展示されることによって思いがけない関係を結ぶ。
《Tardiology》には私も少なからぬ思い入れがある。かつて勤務していた美術館で「重力」というテーマ展を企画した際、私は重力によって潰えるこの作品の再制作を作家に依頼した。作家の指示にしたがって美術館のロビーに設置された同じ作品は、かつてのように素人の学生ではなく、美術館に出入りするプロの施工業者が制作、設置したため、頑丈きわまりなく、いつまで経っても潰れない。会期の終盤にいたるや、業を煮やした作家が作品に水をかけたり棒で叩いたりして作品を壊し始めたのにはさすがに慌てた。
さらにもう一つのエピソード。この作品を発表した当時、野村は京都市立芸術大学の彫刻科に所属していた。会期の終わりに会場を訪れ、潰れ果てた「彫刻」を目にしたのは当時、彫刻科の主任教授であった辻晉堂であり、辻とこの作品が一緒に写った写真も残されていると生前に作家から聞いた覚えがある。辻といえば鳥取県を代表する彫刻家であり、美術館のコレクションの中核として、コレクション・ギャラリーではしばしば《ブリロ・ボックス》とともに作品が展示されている。かくして野村仁の写真作品を媒介としてウォーホルと辻に新しい関係線が引かれる。《ブリロ・ボックス》と《Tardiology》という二つの作品が鳥取県立美術館に所蔵されたことは偶然の所産だ。しかしこの偶然に学芸員の遊び心が働く時、展示を通して新しい物語が生まれ、作品相互を結びつけていく。

