第15回 常設展示の一新 2025.07.21
開館記念展が終わり、作品返納の長い旅から帰ってきた。久しぶりに美術館に顔を出すと、この間まで開館記念展の第二会場として使用していたコレクションギャラリーの1と2で新しい展示が始まっていた。これらの展示が私にはなんとも新鮮に感じられた。
鳥取県立美術館は県立博物館から美術部門が独立して成立したから、博物館時代にも常設展示は存在した。しかし狭く、ガラスケースがめぐらされた展示室は日本画や軸物の展示には向いていたが、洋画や彫刻はどのように展示しても映えず、何より展示できる点数が限られていた。時に二階の展示室を用いてテーマ的な展示を行うこともあったが、時期が限られ、やはり周囲にめぐらされたガラスケースは扱いが難しかった。
これに対して、コレクションギャラリー2を使用して初めて開かれた「戦後80年 鳥取県の美術家と戦争」では展示された作品がいずれもまぶしく感じられた。テーマ性のある内容であり、展示された絵画や彫刻には見覚えがある。しかし博物館時代にはそれらの多くを私は収蔵庫でしか見たことがなかった。展示される機会が少なかったのである。これらの作品に展示室の中で眼差しを向ける経験は私にとってきわめて新鮮であった。私は作品とは展示されて、人々の目に触れてこそ意味があると考える。物理的な制約によって作品が死蔵されている状態は不幸であったが、ようやくそれが解消された訳だ。あるいはコレクションギャラリー3に足を運んでみる。高い窓から自然光があふれる異色の展示室には、辻晉堂の初期の木彫が何体も展示されている。確かにそれらはかつて博物館で企画した回顧展に際しても展示した作品である。しかし所蔵しながらも私たちは10年以上もそれらを一堂に並べる機会を得なかったのだ。並べることの重要性については前回のコラムでも論じた。実際に開館記念展終了間近に開催した彫刻家中ハシ克シゲさんによる特別講演の場では、並んだ作品を比較しながら、辻晉堂の芸術、さらには彫刻という芸術についてきわめて説得的で深い解説を聞くことができた。作品の常設的な展示にはこのような効果もあるのだ。
日本の美術館では特別展と常設展が同時に開催されている場合が多い。たいていの場合、企画性の強い特別展を目当てに美術館を訪れるが、私はその際には必ず常設展示にも足を運ぶことにしている。常設展示を通していわば美術館の基礎体力を知ることができるからだ。もちろんほぼいつも展示されているお目当ての作品もあるが、思いがけない作品や最近収蔵された作品を見ることも美術館を訪れる楽しみの一つだ。とりわけ近年収蔵された作品については、毎年発行される美術館の年報からもチェック可能な情報とはいえ、実際の作品を見るに越したことはない。先日閉幕した開館記念展で私は借用先を国内の美術館に限定した。とんでもない費用と手間をかけて海外から借用せずとも、国内に所蔵された作品だけで開館記念展にふさわしい名品を揃えることが出来るという判断には日頃からの常設展示めぐりが大きく資している。逆に言えば、展覧会で名品を展示するためには学芸員はまず自分の足で情報を稼ぐ必要があるということであり、実際にこの展覧会には常設展示で初めて見て出品を依頼した作品がいくつも含まれていた。

コレクション・ギャラリー1 「LIFE この世界で生きること」展示風景
壁面に白川昌生《無人駅での行為(群馬と食)》、床面にアンディ・ウォーホル《ブリロ・ボックス》
私は学芸員たちに常に三つのタイプの展覧会を準備しておくように説いてきた。直ちに実施できる展覧会、2、3年をかけて準備する展覧会。そして数年間考え抜いて実施する展覧会。私はこのスパンを村上春樹の短編、中編、長編に準えてきた。コレクションギャラリーでの展示は最初のタイプの好例だ。展示できる作品は限られているが、何を選んでいかに並べるかについては無限の組み合わせがある。そして今回のようにテーマ性をもった展示は企画した学芸員の力量が問われる。今回の展示では戦後80年というテーマに基づいて、戦争記録画から空襲やシベリア抑留という個人的体験に根差した表現、疎開を契機に成立したサークルの活動、さらには張りぼてのゼロ戦を燃やした県立博物館時代の「ゼロ」の映像記録にいたるまで、ジャンルにおいても内容においても多様な作品をとおして、80年前の戦争が多角的に検証されていた。さらにコレクションギャラリー1、現代美術を特集した「LIFE この世界で生きること」においても近年収蔵された作品を中心に大半の作品が来場者の目に初めて触れる機会となっている。開館記念展同様にここにも私たちは美術の意味そのものを問い直すような過激な作品を投入し、新しい美術館が現代美術に賭ける意気込みを示した。
常設展示は企画展に比べて軽んじられがちであるが、実は美術館の姿勢や学芸員の力量が端的にあらわとなる場でもある。学芸員の日頃からのトレーニングの場として、実験や新しい試みの場として、私たちはこれからも常設展示をていねいに作り込んでいきたい。

