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2024.03.12

鳥取県立美術館プレイベント「はじまる。これからの美術館でできること」【第二部】開催リポート

いよいよ2025年3月30日に開館する鳥取県立美術館。
県立美術館としては日本最後発、日本中にたくさんの美術館があるなか、これからはじまる美術館で何ができるのか。 
鳥取県立美術館プレイベント「はじまる。これからの美術館でできること」
~展覧会“シリーズ:美術をめぐる場をつくるV”『赤ちゃんたちのアート鑑賞パラダイス』から考える~と題し、トークイベントを開催しました。

【第二部】ゲスト講師×館長予定者×学芸員 トークセッション
「美術館でできること」

東京・六本木にある森美術館において、ラーニングを企画の根幹に捉え、学びや交流のプラットフォームとしての場づくりをされている白木氏をお招きし、鳥取県立美術館 館長予定者尾﨑、学芸員佐藤と、「美術館における学びとは」「アートのはたらき」「美術館と地域のかかわり」などについてクロストークを行い、これからの“美術館でできること”を考えます。
➡【第一部】はこちら
登 壇:
森美術館 アソシエイト・ラーニング・キュレーター  白木 栄世さん
鳥取県教育委員会事務局美術館整備局美術振興監 尾﨑 信一郎(美術館館長予定者)
鳥取県立博物館 専門員兼学芸員        佐藤 真菜
司 会:
小林 沙貴 (日本海テレビ アナウンサー)

白木 栄世 (しらき えいせ) / 森美術館 アソシエイト・ラーニング・キュレーター 
熊本県熊本市生まれ。2006年武蔵野美術大学大学院修了。2003年より森美術館パブリックプログラム・アシスタントとして勤務。2017年より現職。森美術館の展覧会に関連するシンポジウム、ワークショップ、アクセスプログラム、学校プログラムなど、ラーニング・プログラムの企画・運営を行う。

尾﨑信一郎(おさき・しんいちろう) / 鳥取県教育委員会事務局美術館整備局 美術振興監
1962年、鳥取市生まれ。大阪大学大学院芸術学研究科博士課程修了。兵庫県立近代美術館、国立国際美術館(大阪)、京都国立近代美術館でキャリアを重ねた。2021年に鳥取県立博物館館長、22年から県教委美術館整備局美術振興監。専門は現代美術。鳥取県立美術館館長予定者。

1 鳥取県立美術館プレイベント「はじまる。これからの美術館でできること」【第二部】開催リポート

途切れることなくつながっていく、ということが貴重

  
白木さん:
森美術館は2003年に開館し、ちょうど今年20周年を迎えました。この20年間どのようなプログラムを行ってきて、「学びの場所としての美術館」とは何か、その試行錯誤を共有できればと思います。
これはプログラム参加者であるお子さんの写真です。そしてもう一枚、青年が写っている写真ですが、先ほどのお子さんが成長された姿がこの青年です。この方は2~3歳の時に森美術館に来てくれて、17歳になった今、森美術館の館長室で20周年記念のインタビューを受けてくれました。お母さんのおなかの中にいる時からわたしたちの美術館のファミリーアワー「おやこでアート」というラーニング・プログラムに参加してくれて、以来毎年、毎展覧会に来てくれました。コロナの期間など、美術館に足を運ぶことができなかった時期も、オンラインで参加いただきました。途切れることなくつながっていく、ということが貴重だと思います。

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暮らしの中に美術館がある  

白木さん:わたしたちの森美術館は東京の六本木ヒルズにある森タワーというビルの53階にある、民間企業の経営による美術館です。
わたしたちも「暮らしの中に美術館がある」ということを大切にしていて、開館時よりミッションとして「アート&ライフ」というキーワードを掲げています。生活の中のあらゆる場面で多くの人がアートを楽しめる豊かな社会、その社会に森美術館の活動が貢献できるのではと考えます。その貢献の方法として、森美術館は現代アートで表現することを使命とし、現代性・国際性をミッションに活動を行っています。2020年に就任した3代目館長の片岡真実は、就任メッセージの中で「ラーニング・プログラム」をひとつのテーマとしています。現代アートというのは社会を映し出す縮図であり、それを来館者やプログラム参加者に共有するために、「ラーニング・プログラム」によってどのように展覧会やプログラムが作り上げられるのかを伝えたいと考えています。

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美術館とは誰のものなのか、美術館の存在意義とは何か

  
白木さん:
ではラーニングとは何か。わたしたちは開館当初は「ラーニング」ではなく「パブリック・プログラム」という言葉を使っていました。現在の「ラーニング」になったきっかけが東京オリンピック・パラリンピック開催でした。たくさんの人が東京を訪れるときに、美術館としてどんなアプローチができるかを考え、ロンドンオリンピック・パラリンピックが開催されたイギリスの美術館のリサーチを行いました。やはりスポーツ関連のイベントが盛んになり、イギリスの現代アートの美術館TATE※などの国立美術館でも、美術館に関する予算が削減されるということが起こりました。世の中がそんな雰囲気になっていく中、「美術館とは誰のものなのか」「美術館の存在意義とは何か」を考え、「ラーニング」という言葉に行きつきました。
Victoria and Albert Museum には「誰にでも子どもの時代がある」ことをテーマにしたV&A Museum of Childhood という分館がありました(2023年にYoung V&Aとしてリニューアル)。そこには合唱する人、演奏する人、それを見てカフェでおしゃべりする人、お散歩する人、またベビーカーを押したお子さん連れの方も多く、今まで美術館にはなかった光景がありました。
様々な年齢の方が自分たちの言葉で語っている姿があり、とても新鮮でうらやましいな、と思い感銘を受けました。

※TATE:イギリス政府の持つイギリス美術コレクションや近現代美術コレクションを所蔵・管理する組織。ロンドンなど各地にある国立の美術館を運営。

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美術館に来たことのない人たちを想像する

白木さん:【第一部】のお話の中で、「活動を変えていく」というお話がありましたが、森美術館でも「パブリック・プログラム」から「ラーニング」に変えていくことになりました。どうやったらそもそも美術館に来たことのない人たちに来てもらうことができるか、美術館に来たことがない人たちを想像することから始め、美術館と来館者の関係性を今一度考えました。
そして、聞こえない・聞こえにくい方のため手話ツアー、見えない・見えにくい方のための耳でみるアートなどのプログラムは、その実施内容を対象者にあわせて双方向の対話が生まれるように内容を見なおしました。
今まで美術館で行ってきた企画の中で、実は排除されてしまっている人たちがいるんじゃないか、ということを念頭におき、まだ来館したことのない人たちに目を向けました。

5 鳥取県立美術館プレイベント「はじまる。これからの美術館でできること」【第二部】開催リポート

コミュニケーションこそが、“ラーニング”につながる

白木さん:シニアプログラムや「ベビーカーツアー」、「ファミリーアワー」というプログラムを開催するなど、それぞれを主役と捉え、周りの方との関係性を大事にできる美術館にしたいと考えました。そして鑑賞いただいたあとは必ず共有の時間を設けました。だれがスタッフでだれがお客さんかわからないくらい闊達なディスカッションが生まれていました。「この作品を観てください」と一方通行にお伝えするのではなく、「皆さんの日常の中にアートがどんな風に反映されていますか?それを聞かせてください」というコミュニケーションこそが、「ラーニング」につながると考えます。

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誰もが美術館に来る権利がある

白木さん:美術館として展覧会を作るキュレーターの想いを聴きながら、わたしはラーニングキュレーターとしてそれをどういう風に共有していくことができるのかを考えてプログラムを作ります。そして「誰もが美術館に来る権利がある」ということを大切にしています。
本日ご紹介しました20年間のプログラム参加者の方々の声を「現代アートと出会って」として7組の方たちにインタビューした動画があります。それぞれのプログラムの詳細が語られていますのでよろしければぜひご覧ください。
現代アートと出会って:森美術館ラーニング・プログラム参加者の声(森美術館YouTube)

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美術館から遠い人を作ってはいけない

尾﨑:わたしも鳥取県立美術館が開館するにあたり、教育普及というテーマが重要でありそれは人が大事と考えています。
また、ボランティアの皆さまのご協力や、いろいろな立場の方のための展覧会というのも非常に重要と考えます。
それぞれを考えるにあたり一方では「美術館と関係を持ちたいが、どうしたらいいかわからない」、また一方では美術館側が「どういう人が美術館に来れないのか」を考え対策すべきと思います。
お話にあった「美術館から遠い人を作ってはいけない」「美術館に来ない人を想像する」ということはとても大切だと思いました。
今まで美術館に来ることができなかった人や、自分は関係ないと思っていらっしゃる方々にお越しいただくことは美術の間口が広がり、わたしたちにとっても励みになると考えます。

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どう作品に近づくか、自分の経験を重ねるための場所でもある

白木さん:わたしたちは、約3年かけて森美術館全スタッフの想いの聞き取りを行いました。その中で学芸員たちは、アーティストの提案の内容を見て展覧会を作り、「この作品はこうだ」とか、「わたしたちの作品を観なさい」という紹介がとても一方通行であると考えていました。
そうではなく、アーティストの住む現地に赴き、その作品に先に出会った立場として、「この国のこの地域にこんなアーティストがいる」ということ、その国や地域の歴史について、またそのアーティストが抱えていることを検証するという視点を持ち、それを共有する方法が「ラーニング」であると考えました。
現代アートについて、気を付けなければいけないと常々考えていることがあります。現代アートは本当に様々な手法と表現がありますが、ある人にとってはそれが思い出したくない経験を思い出させてしまうことがあると思います。
そのアーティストがどういう想いを持っているのか、自分の経験がその作品にどこに隠されているのか、何に気がつくか、どう作品に近づくか、自分の経験を重ねるための場所でもある、ということがラーニングを考える時に大事であり、醍醐味でもあり危険性にもなるということを忘れてはいけないと思っています。

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アートの場で対話することがわたしたちの勉強になり、
勉強した人が増えれば理解する人が増える、そして社会が変わっていく、
美術館とはそういうことがやりやすい場

佐藤:美術館に来られない人を対象としたプログラムについて、「いつ、どんなふうに開催するのがその方々にとって最善なのか」を考えたり、その方々とアートの場で対話したりすることがわたしたちの勉強になります。勉強した人が増えれば理解する人が増える、そして社会が変わっていく、美術館とはそういうことがやりやすい場なのかもしれないと思います。
白木さん:「何ができるんだろう」「この先に何かが生まれるといいな」と常に考え続ける時に、専門性を持った方や、当事者の方もそうですが、美術館の仲間づくりも大事だと思います。
第一部でお話しのあった、たくさんの素敵な仲間がすでにいらっしゃるのでこれから楽しみですね。

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美術館は社会の中で特別なものなのではない 

白木さん:森美術館も20年間やり続けていますが、やはりまだ出会えていない方はいらっしゃいます。1回来てそこから来ていない方もいらっしゃると思います。
イギリスのTATEのラーニング・プログラムを見た時に、今でも心の拠り所にしていることなのですが、「美術館は社会の中で特別なものなのではない。美術館ではなく映画やライブを選んだとしても、それは当たり前であり尊重すべき。おいしいものを食べたい、おしゃれをしたい、その想いと美術館は並列なのだ。その時に何ができるかもう一度振返ってみたときに、見えてくるのではないか。」ということをおっしゃっていました。変化し続けることが大事なのだな、と思いました。

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体験を作る、変化を作る、新しい価値を認める場所

白木さん:体験の変化はそれぞれお一人お一人の中に生まれるものだと思います。一緒に体験しても決して同じように作品を捉えるということはないと思います。その違いがあるということを認めないと美術館は成立しないため、プログラムを企画するときに気をつけています。「皆さんを代表して感想を言ってください」などというのはよくないと考えます。
「あの作品は気に入らない」ということも大事にできるプログラムを作ることがラーニングと思っています。
尾﨑:美術館というものは展覧会の体験を作ることが重要と考えます。変化を作っていく、新しい価値を認めていく、そういう場所として新しい美術館が機能していけばいいと思います。
佐藤:見えやすい所にいる人だけではなく、遠くにいる人にみんなで心を配れる美術館にしたいと思います。

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今回のイベントではまずはじめに、もしも会場内でお子様が泣かれても、皆さまにご理解いただくようお願いしました。
また、小さなお子様連れの方にも気兼ねなくご参加いただけるよう、託児スペース・授乳スペースや、キッズスペースとして木のおもちゃコーナーなどを設置いたしました。
キッズスペースでは、モニターで講演会場の模様をご視聴いただけるようにし、開演中の会場とキッズスペースの出入りは自由にできることをご案内し開催いたしました。
皆さま、ご協力いただき誠にありがとうございました。

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